A.K.I展 -くまのいるとき-

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反省するくまさん

2023年 アクリル, キャンバス

〈くまさんシリーズ〉の原点となる作品で、画家になることを決意してから最初に描いた一枚である。

制作するにあたり、赤色を背景にうなだれて綿がこぼれ落ちたくまのぬいぐるみを描くことだけは最初から決めていた。モチーフとしたのは、「反省すること」を強いられ、自分自身を責め続ける心の状態である。

くまの身体からあふれ出る色鮮やかな玉は、内側から引き出された感情や記憶、あるいは夢や希望、期待といった、まだ言葉にならないものの象徴。床一面に散らばるその様は、心の内側が外へ露わになる瞬間を思わせる。

色とりどりの原色を用いて描いた玉は、幼い子どもが好きな色のクレヨンで塗り込めたような無垢さを宿す。その幼さは、傷つきながらもなお心の奥底に残り続ける「内なる子ども」の存在を静かに示唆している。

後に〈くまさんシリーズ〉はインナーチャイルドを軸とした作品群へと発展していくが、その思想は、この最初の一枚のなかにすでに芽生えていた。

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見つめるくまさん

2023年 アクリル, キャンバス F8(455×380mm)

本作は、〈くまさんシリーズ〉を象徴する作品の一つである。
画面の中央では、一匹のくまが静かにこちらを見つめている。その周囲を漂う無数の色彩の玉は、くまの内側からあふれ出した夢や希望、記憶、あるいは言葉になる以前の感情をイメージしたものである。それらは生命の息吹のように画面全体へと広がり、静かな眼差しとは対照的な躍動を生み出している。

一方で、くまの表情からは特定の感情を意図的に取り除いた。喜びにも悲しみにも、安堵にも不安にも見え得る曖昧な表情とすることで、一つの意味へと収束しない余白を画面に残している。この「感情を限定しない」という考え方は、シリーズ全体に共通する重要な要素でもある。

本作は、「くまさんを見る作品」であると同時に、「くまさんから見つめ返される作品」でもある。その眼差しが何を映しているのかは画面の中で明示されることはなく、この作品の前に立つ一人ひとりの心の中にあるのかもしれない。

死んだザリガニのいる水槽

2023年 油彩, アクリル, キャンバス

本作品は〈くまさんシリーズ〉を代表する作品の一つである。

画面全体に大小さまざまな凹凸が形成されている。遠目に見たとき、輪郭が揺らぎ像がわずかに滲んで見えるのは、この立体的なマチエールによるものだ。

もともと本作の支持体は、アクリル絵具を混色するために用いていたパレットであった。そこに偶然生まれた絵具の起伏をそのまま生かし、上から油絵具を重ねることで一枚の作品へと昇華させた。意図してつくられた凹凸ではなく、制作の痕跡そのものが作品の一部となっている点が本作の特徴である。

制作の過程でこの不規則な起伏を眺めているうちに、水中から水面を見上げたときの、光が屈折しながら揺らぐ視界が想起された。タイトル『死んだザリガニのいる水槽』は、水槽の外から死んだザリガニを見下ろす情景ではなく、水槽の底で息絶えたザリガニが最後に見ていたかもしれない景色を想像したことに由来している。

ザリガニをはじめ、子どもたちは公園や川で捕まえた生き物を飼育し、その生と死を身近に経験しながら成長していく。水槽の底で動かなくなった小さな命を見つめる時間は、多くの子どもにとって「死」と初めて向き合う記憶の一つでもある。本作は、そうした幼少期の記憶を背景に、水槽という限られた空間を、生と死の境界を静かに見つめる場として捉え直した作品である。

佇むくまさん

2024年 油彩, キャンバス F10(530×455mm)

ソファの隙間の奥底で

2023年 油彩, キャンバス

MY R∞M

2024年 油彩, キャンバス

〈くまさんシリーズ〉の一つである本作は、当初、透明な球体のガラスのショーケースに閉じ込められたくまを描こうとしたものであった。しかし、描き進めるうちにその姿は次第に母胎の中に浮かぶ胎児のように見えてきた。

タイトルの『MY R∞M』には、二重の意味が込められている。一つは「私の部屋」という文字通りの意味であり、誰もがときに引きこもり、外界から切り離されて自分自身の内側にこもっていたくなる心の空間を示している。そしてもう一つは、∞(無限大)の記号を組み込むことで、胎内記憶や生命の原点、さらには時間を超えて受け継がれる存在の連続性を示唆するものである。

球体の内部に漂うくまさんは、孤独でありながらも守られた存在である。その閉ざされた空間は外界を遮断しつつ、同時に未来へとつながる希望の揺りかごとしての性質も併せもつ。

本作は、後に〈くまさんシリーズ〉の中心的なテーマとなる「インナーチャイルド」の萌芽が表れた作品でもある。以降の作品では、幼少期の記憶や感情、心の奥深くに存在するもう一人の自分が繰り返し描かれることになるが、その原点となる空間を本作では「部屋」という象徴的なかたちで表現した。

道化師くまさんⅡ

2025年 油彩, キャンバス F10(530×455mm)

本作の着想には、太宰治の小説「人間失格」がある。作中の主人公・大庭葉蔵が周囲に適応するため「道化」を演じ続ける姿には、作者自身の幼少期とも重なる部分があり、その印象が本作の出発点となった。

ここで描かれたくまは、「道化」としてのペルソナの象徴。外界と関わるために身につけた仮面であり、周囲から受け入れられるために形づくられたもう一つの自己でもある。同時に、このくまは、鑑賞者が自身の経験や記憶を重ね合わせる対象としても位置づけられている。

幼少期には、周囲との関係のなかで自分を守るために振る舞いを変えたり、本心とは異なる役割を演じたりすることがある。そうした積み重ねによって形成されたペルソナは、やがて自分自身と切り離せない存在となり、本来の自己との境界を曖昧にしていく。本作のくまは、その境界に静かに佇んでいる。

掬えないもの

2023年 油彩, キャンバス

人魚

2025年 アクリル, キャンバス

本作は、「第3回A.K.I展 -内なるくまさん-」において開催したLive Paintingという企画で、来場者の前で制作した作品である。2日間にわたり合計約4時間をかけて完成させた。画材はアクリル絵具を用いている。

「インナーチャイルド」をテーマとした個展の空間で何を描くべきかを考えたとき、当初は一枚の完成作品を目指すのではなく、作者がキャンバスへ向かって没頭し描き続けるという行為そのものを作品として提示する構想であった。そのため、キャンバスには完成された絵画ではなく、単なる描き跡や痕跡だけが残る可能性も想定していた。

しかし、制作を進めるにつれ、画面には次第に一つの存在が浮かび上がり始めた。描こうとして描いたというよりも、無意識の中にあった像を探り当てるように筆を重ねていく感覚があり、Live Paintingという時間そのものが自身のインナーチャイルドを掘り起こす過程となっていった。

制作の様子を熱心に見つめていた一人の少女に、「何に見える?」と尋ねたところ、少女は迷うことなく「女の子」と答えた。その一言によって、作者自身も画面に現れていた存在を初めて認識した。

画面に現れたその姿は、蔦のようなものが全身へと絡みつき、身動きが取れないまま静かにこちらを見つめている。耳はくまのようにも見え、人間とも動物とも判別できない曖昧な輪郭を持つ。その姿は、制作を通して無意識の底から立ち現れた作者自身のインナーチャイルドであると同時に、作者自身も完成するまでその存在を知らなかった一枚の肖像でもある。

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痛みの記憶

2025年 油彩, キャンバス F40(1000×803mm)

私はいつもそこにいない

2025年 油彩, キャンバス F20(606×727mm)

本作は、〈くまさんシリーズ〉のなかでも作者自身が特に愛着を寄せている作品の一つである。

画面中央には、小さなくまが一人、静かに佇んでいる。その姿は単なる人物ではなく、不安や孤独、重圧によって萎縮した心の空間に住むインナーチャイルドとして描かれている。

本作は、ほぼフタロブルーとホワイトの二色のみで構成されている。フタロブルーは希釈の度合いによって多彩な表情を見せる画材であり、その繊細な色の変化に魅せられたことが本作を制作するきっかけの一つとなった。青を幾重にも重ねることで、画面全体に静けさと冷たさが支配する空間を構築している。

その空間には三体の大きな存在が描かれている。彼らはくまを見守る存在ではなく、沈黙のまま監視し、支配する視線として配置された。しかし同時に、その姿もまた、一人ひとりが抱えるインナーチャイルドの投影として描かれている。

空間構成にも意図的な歪みを与えた。壁面や床は完全な遠近法には従わず、わずかにずれを生じさせている。中央でくまが座る床も、見る角度によっては奈落へと続くように感じられ、現実とも夢ともつかない不安定な空間が生み出されている。

画面のなかで、くまは極端に小さく描かれている。それは身体の大きさではなく、自分らしくあることを許されない環境のなかで、少しずつ存在を縮めていった心の姿を象徴している。

画面の最奥には、一筋の光が差し込んでいる。その場所が現実の出口なのか、あるいは心のなかで思い描く未来なのか。本作では、閉ざされた空間のなかに、ごくわずかな余白だけを残している。

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bubble out

2024年 油彩, キャンバス

本作は、「第1回A.K.I展」のメイン作品の一つとして制作された。

画面中央では、一匹のくまが静かに横たわり、その腹部から無数のカラフルな球体が噴水のように溢れ出して天へと昇っている。

〈くまさんシリーズ〉には、孤独や閉塞感、心の内側へと沈み込む情景を描いた作品が多い。その中で本作は、内側に蓄えられていたものが一気に外へ解き放たれる瞬間を描いた、シリーズとしては比較的開放的な作品である。

画面を満たす球体は光を受けて虹色に輝き、幻想的な空間を形づくっている。一方で、それらは天へと舞い上がるだけでなく、重力に従って沈殿していくようにも見え、上昇と下降という相反する運動が同時に存在している。その二重性が、画面全体に独特の浮遊感を与えている。

一方、地面に横たわるくまの姿は、すべてを吐き出した後に残された抜け殻のようでもある。そこには達成感や解放感だけではなく、喪失感や静かな虚無も共存している。

タイトル《bubble out》は、人の内側から溢れ出る創造性や感情、生命力そのものを示すと同時にそれらを外へ放出した後に訪れる空白も含めた状態を表している。本作では、「溢れ出ること」と「空になること」という相反する二つの感覚を一つの画面の中で共存させることを試みた。

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2025年 油彩, キャンバス F20(606×727mm)

本作は〈くまさんシリーズ〉の一作であり、「第3回A.K.I展 -内なるくまさん-」のメインビジュアルとして制作した作品である。
画面中央には大きな裂け目が走り、その隙間から複数のくまが押し出されるように姿を現している。一粒の種子が大地を割いて芽吹く瞬間から着想を得た構図だ。
植物が芽吹く瞬間であると同時に、長く心の奥底に閉じ込められていたインナーチャイルドが、抑えきれず外の世界へと現れる瞬間でもある。
これらの瞬間がくまたちという表現方法に置換され、象徴化されている。

互いの身体を押しのけ合い、顔を重ね合いながら、我先にと前へ進もうとしているくまたち。彼らのなりふり構わぬその姿に、長らく押し込められていた記憶や感情が一度に溢れ出している勢いが重ねられている。裂け目は単なる画面上のモチーフではなく、心に生じた亀裂そのもの。過去の傷によってできたその亀裂から、我慢ならずに飛び出してくるのだ。

これまでの〈くまさんシリーズ〉では、孤独や閉塞感、心の内側へ沈み込む情景を描く作品が中心であった。一方、本作では、閉ざされていたものが自ら殻を破り、外へ向かって動き始める瞬間を描いている。
その姿は、アスファルトの割れ目から芽吹き、成長を続ける植物にも重なる。困難な環境の中でもなお生きようとする生命力と、未来へ向かおうとする力が、この作品のもう一つの主題だ。
〈くまさんシリーズ〉において、内面の痛みや葛藤を見つめる段階から、その先にある再生や希望へと視線が移り始めたことを示す転換点となる作品。

やすらぎの間

2025年 油彩, キャンバス

無色の世界、カラフルな吐瀉物

2023年 油彩, キャンバス F15(652×530mm)

I'm at the bottom

2025年 油彩, キャンバス

本作は、〈くまさんシリーズ〉の一環として制作した《three colors》(ピンク、コバルトブルー、レモンイエローの3色のみを用いて描いた油彩)というサブシリーズの中の一作である。

中央に座するのは、孤独なくま。当初は、建設途中のトンネルに取り残された姿を構想していた。しかし制作を進めるにつれ、その空間は次第に建設途中の高層ビルが立ち並ぶ都市の谷間にも見え始めた。天井部分はあえて描き込まず、ピンク色の空とも、何も存在しない虚無の空間とも受け取れる余白として残している。

ここがトンネルの内部なのか、大都会の狭間なのかは定めていない。ただ、いずれの情景として捉えたとしても、くまを囲むのは出口の見えない閉ざされた空間である。

画面下部には、水の流れを思わせる細い帯が描かれている。それは雨上がりの水たまりにも、下水へと続く流れにも見え、閉ざされた世界の中で唯一、外界とのつながりを感じさせる要素となっている。その流れは外へ向かう道なのか、それとも外から流れ込んできた痕跡なのか。

画面全体を支配する限られた三色の色彩は、感情の起伏を抑えながらも、孤独や静寂、そしてわずかな希望を同時に内包している。くまはその流れの傍らに静かに佇み、誰かの存在を待ち続けているようにも見える。

wounded heart

2025年 油彩, キャンバス

依頼作品『ツイードくまさん』からインスピレーションを受けて制作した作品。作品名は『wounded heart』。傷ついた心を意味する。

一見すると愛らしい丸顔のくまだが、その身体を覆う太く粗い糸が織り成すツイード生地は、無数の傷跡の集積のように見えた。人生の中で負った心の傷は、一つではなく、幾重にも折り重なりながら今の自分を形づくっている。そのイメージを、この生地に重ねた。
背景に広がる仄暗い闇は、胸臆に沈む不安や恐怖を映し出す。くまは静かにこちらを見つめているだけだが、その眼差しには「私を見て」という切実な願いが宿っているように感じる。

内側を「掻く」ことで重ねられた傷は、「描く」ことで初めて外側へと姿を現す。医師として目に見える病を診る一方で、画家として目に見えない心の傷を描くことは、不可視のものを可視化する作業でもあるのだ。

本作は『横線の手記 (2024年 油彩, キャンバス)』と対をなす存在でもある。あちらが「目に見える外界の傷」を記録したものであるならば、こちらは「目に見えない心の傷」を描くことで人生そのものを表現したもの。二つの作品は互いに呼応しながら可視と不可視・身体と心を架橋する。

内なるくまさん

2025年 油彩, キャンバス(F50)

本作は、「第3回A.K.I展 -内なるくまさん-」のメインの作品の一つである。初のF50号で、制作に1ヶ月を要した。

画面中央では、くまの身体が卵殻を割るように裂け、詰められていた内部が外界へと露わになっている。溢れ出した内部は周囲の自然や宇宙と混ざり合い、個体としての境界を失いながら一つの世界を形成する。

制作を進める中で、人の身体の内側に広がる世界と、自然界や宇宙の構造とを重ね合わせて眺めていた。それらは一見すると無限に複雑で異なる存在のようでありながら、その根底では小さな単位の反復と集積によって成り立つ点において共通する。

本作では、まず生命の営みを「細胞の集合」という視点から捉え直した。次に雪や木漏れ日、魚群、星々などの自然界や宇宙にみられる反復構造に繋げてみた。ミクロの世界に見られる反復構造は自然界や宇宙にも繰り返し現れ、異なるスケールでありながら同様の秩序を形づくっているように思われる。

こうした考え方は、本作以降に展開する〈囲シリーズ〉の出発点となった。生命を一つの独立した存在としてではなく、境界を越えて自然や宇宙と連続するものとして捉える視点は、以後の制作にも通底する。

一方で人の心もまた、神経細胞のネットワークが生み出す現象として理解することができる。インナーチャイルドも、生物学的には神経回路の中に蓄積された記憶や感情のパターンに過ぎない。しかし私たちは、それを単なる情報として処理することができず、ときに「内なるくまさん」という一つの存在として可視化し向き合おうとするのだ。

その事実は、人間が「物質」という言葉だけでは説明しきれない存在であることを示しているように思える。本作は、細胞という生命の最小単位から出発し、「心」とは何かという問いへと至った作品でもある。

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見つめるくまさん F

2025年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm)

見つめるくまさん E

2025年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm)

見つめるくまさん D

見つめるくまさん C

見つめるくまさん B

2025年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm)

見つめるくまさん A

2025年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm)

本作は「第3回A.K.I展 -内なるくまさん-」において発表した連作である。

本シリーズは初期作品『見つめるくまさん』をリメイクしたもので、A〜Fまでの全6点によって構成されている。従来の色調とは異なりくまに大胆な色彩を導入することで、ポップで軽やかな印象を与えながらもその奥に異なる感情の揺らぎを内包させた。

制作にあたっては、アンディ・ウォーホル『マリリン・モンロー』から着想を得た。ウォーホルが同一イメージの反復を通して名声や大量消費社会を象徴化したのに対し、本作では反復される「くまさん」の姿を通して、現代社会の中で均質化され、やがて個として認識されにくくなっていく人間の存在を描いた。

本シリーズは、〈くまさんシリーズ〉における「見つめる」という行為を改めて問い直す作品でもある。鑑賞者はくまさんを見つめているようでいて、同時に六つの眼差しから見つめ返されている。その相互の視線の往復の中で、「個」とは何かという問いが静かに立ち上がる。

For My Birthday

2026年 アクリル, キャンバス F4(333×242mm)    



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夏を終えた大鋸屑

2026年 油彩, キャンバス F4(242×333mm)  

心許ない境界線

2025年 アクリル, キャンバス

The Bear in the Forest

2024年 油彩, キャンバス

look at me

2024年 油彩, キャンバス

Where is my home

2024年 油彩, キャンバス

bubble over

2026年 アクリル, キャンバス F4(333×242mm)   

今日を生きている

2026年 アクリル, キャンバス F8(273×220mm) 

本作は、今回の「第7回A.K.I展 -くまのいるとき-」のメインビジュアルとして制作した。

会場がカフェであったことから、空間に自然と溶け込んで訪れた人の心を穏やかに包み込むような作品を目指して、カフェを象徴する「珈琲」を手にしたくまをモチーフにしている。

これまでの〈くまさんシリーズ〉とは異なり、鑑賞作品としてだけでなく、空間を彩るデザインやインテリアとしての役割も意識して制作した。〈くまさんシリーズ〉は、心の内面を描く表現から、成長や希望を描く作品へ、そしてさらに日常に寄り添う存在へと、その表現領域を少しずつ広げている。

一見すると鮮やかな赤一色の背景に見えるが、その表面には無数の網目状の線が重ねられている。これは〈囲シリーズ〉で展開してきた「囲構造」を反映したものである。人間は細胞や組織、皮膚など幾重もの境界によって成り立ち、自然界にもまた同様の反復構造が存在している。本作では、その普遍的な構造を画面全体に重ねることで、静かな生命の気配を宿そうと試みた。

作品名である「今日を生きている」には、特別な出来事ではなく、ごくありふれた一日そのものに目を向けたいという思いを込めている。珈琲を手に静かにこちらを見つめるくまの姿は、忙しい日常の中でふと立ち止まり、自分が「今日を生きている」という当たり前で尊い事実を思い起こさせる存在として描いたものだ。

溶けゆく境界線

2026年 油彩, キャンバス F3(273×220mm)

降りしきる原始の夢の中で

2026年 油彩, キャンバス F3(273×220mm)

静寂は光を育てていた

2026年 油彩, キャンバス F3(273×220mm)

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瞳の奥で咲き誇る

2026年 アクリル, 樹脂, キャンバス F3(273×220mm)

今、生まれなおす

2026年 油彩, キャンバス F3(273×220mm)

夢みる胎児

2026年 油彩, キャンバス F3(273×220mm)

見つめるくまさん -感情変奏- D

2026年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm) 

見つめるくまさん -感情変奏- E

2026年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm) 

見つめるくまさん -感情変奏- F

2026年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm) 

fragile being (儚き存在)

2026年 油彩, キャンバス F20(606×727mm) 

本作は『wounded heart』を起点として構想した作品であり、〈くまさんシリーズ〉と〈囲シリーズ〉を融合させた作品である。

画面中央には、フタロブルーの輪郭によって囲まれたくまが描かれている。その輪郭は均整の取れた円ではなく、歪みを帯びた不安定な形だ。一方で、耳は掠れた筆致によってとってつけたように描かれている。
生きることそのものの不安定さや、境界によってかろうじて成立している生命の脆さ、そしてその中に宿る静かな尊厳を表現した作品。

背景には、子どもが画用紙いっぱいに自由に描き殴るクレヨンの筆跡から着想を得た痕跡が広がっている。制作では非利き手で筆を握りしめ、自らの意図を極力介入させないよう画面全体を描き崩した。絵具を飛散させ、偶然に生まれた痕跡を受け入れながら、その上からアイボリーホワイトと淡いピンクを幾層にも重ねることで画面全体を整えている。

くまの頭部には、雲のようにも森のようにも見える柔らかな色彩の重なりが広がっている。それはニューロンの森を想起させると同時に、その内部に宿る「内なるくまさん」の世界を象徴している。

本作では、構図やモチーフは意図をもって決定されている一方で、背景の痕跡や色彩の重なりは偶然によって形成されている。意図と偶然が拮抗しながら一つの画面を形づくる構造は、〈囲シリーズ〉に通底する制作思想そのもの。

『wounded heart』が「傷ついた心」を見つめた作品であるとすれば、本作は傷を抱えたままなお存在し続ける生命そのものへと視点を広げた作品である。

見つめるくまさん -感情変奏- C

2026年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm) 

見つめるくまさん -感情変奏- B

2026年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm) 

見つめるくまさん -感情変奏- A

2026年 アクリル, キャンバス F3(273×220mm) 

本作は、6点からなる連作『見つめるくまさん -感情変奏-』の一作である。『見つめるくまさん』と、〈囲シリーズ〉における『感情曲線』をコラボさせた作品として制作した。

『感情曲線』は、複数の色彩をアクリル絵具でキャンバス上に重ね、ペインティングナイフによって自由に引き延ばすことから始まる。あらかじめ形を定めることなく、偶然に生まれる色の重なりや滲み、その中から浮かび上がる輪郭を拾い上げるように構築される抽象画である。ナイフの軌跡は、意図と偶然の融合であり、制御と逸脱の往復運動でもある。その運動そのものを、感情の揺らぎへと重ね合わせた。

私たちは日常の中で、喜び、怒り、焦燥、安堵、嫉妬、期待といった多様な感情に囲まれて生きている。感情は幾重もの層となり、ときに衝突しながら複雑なうねりを生み出す。そのうねりは意識の水面下で絡み合い、やがて私たちの言動や選択、そして人生の輪郭そのものを形づくっていく。

本作では、その感情のうねりの中から一匹のくまが静かに姿を現している。それは感情に翻弄される存在であると同時に、その深層で変わることなく佇み続ける「内なるくまさん」でもある。

連作を構成する6点は、いずれも同じ「見つめるくまさん」を主題としている。しかし背景を成す感情曲線は一点ごとに異なり、くまさんもまた、それぞれ異なる感情の中から現れる。「感情変奏」という題には、一つの存在が感情によって姿を変えながらも、その本質は変わらず在り続けるという意味を込めた。

自分の感情の揺れや何気ない反応の奥には、幼い頃から積み重ねられた記憶や感情の層が潜んでいるのかもしれない。本作は、絶えず変化する感情と、その深層で静かに見つめ続けるインナーチャイルドとの関係を描いた作品である。

くまと玉

2026年 アクリル、キャンバス F0(180×140mm)    

くまと玉

2026年 アクリル、キャンバス F0(180×140mm)   

くまと玉

2026年 アクリル、キャンバス F0(180×140mm)  

くまと玉

2026年 アクリル、キャンバス F0(180×140mm) 

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葛藤するくまさん

2026年 アクリル、キャンバス F0(180×140mm)

沈みゆくあかり

2026年 油彩、キャンバス F3(272×220mm)

囲の中のくまさん

2026年 アクリル、樹脂、キャンバス F0(180×140mm)

やがていつかは

2026年 アクリル、キャンバス F0(180×140mm)

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